横浜情報サイト「東京のベッドタウン・横浜」の三渓園

 

日本の外国にある純和風庭園

横浜といえば日本の中の外国と呼ばれ、洋風な建物が建ちならび、外国の文化が様々あるというようなイメージがあると思いますが、その中にあって、三渓園は純和風の日本庭園として人気を集めています。三渓園は、実業家であり茶人でもある原富太郎によってつくられました。原富太郎は生糸貿易で財を成した実業家であり、同時にお茶や美術品などのコレクターでもありました。そんな原富太郎のコレクションの中には、京都の古い建築物なども含まれ、そういったもの買って修復しては、自身の庭園に置いていったのです。こうして出来たのが三渓園です。ちなみ三渓園の三渓というのは富太郎の号です。約18ヘクタールの敷地の中には、純和風の建築物17棟が立ち並んでおり、うち12棟が国の重要文化財に指定されています。個人でここまでの所有物を集めたのは、おそらく富太郎以外にいないと思います。第二次世界大戦によって三渓園も大打撃を受けましたが、昭和28年に三溪園保勝会という財団法人が設立され、彼らによって三渓園は改修、整備されることになりました。2006年には国の名勝に指定され、その純和風な美しい風景が、日本の中の外国と呼ばれる横浜の中にある日本として、日本人から外国人まで全てを惹き付けています。